特集海藻天国
海に囲まれた日本は、日常的に海藻を食べる文化が
古くから育まれてきた、世界的に見ても珍しい国のひとつ。
そんななか、一年を通して約30種類もの海藻を
食べているという珠洲は、まさに海藻天国と呼べるだろう。
珠洲ではどんな海藻が、どのように親しまれているのか、
土地の人の知恵が詰まったその文化を紐解いてみよう。
危険と隣り合わせで海藻を採る
強くたくましい女性たち
みそ汁や煮物、酢の物など、どの家庭の食卓にも当たり前に上るひと品に、珠洲では海藻がふんだんに使われている。外から来ると、それらの種類が豊富なこと、ワカメやモズクなど比較的馴染みのある海藻も、別物といっていいくらいおいしいことに感動してしまう。だけど珠洲の人にしてみると、「肉や魚ならともかく、どうしてこんな地味なものを……」と思ってしまうらしい。石川県小型いかつり協会事務局長で、「おさかなマイスター」の前野美弥次さんは、珠洲でこれほど海藻が親しまれている背景を次のように話してくれた。
「海藻が豊富に生息しているところは、珠洲以外にもたくさんあるはずですが、ほかの地域と違うのはいろんな海藻を食べる文化が根づいていることです。昔は今よりも雪が降ったため、冬は収穫できる野菜が極端に少なくなりました。だけど海へ行けば、ビタミンやミネラルの豊富な海藻がたくさん採れたので、重宝されるようになったのだと思います」
とはいえ、波打ち際の岩場に貼り付いているような海藻を採集するのは、並大抵の苦労ではない。それを主に任されてきたのが、女性たちだ。
「昔の漁師は女性を船に乗せなかったため、男性が沖に出て、女性は磯を守るという役割分担が自然とできていたんです。特にイワノリは、海が荒れる真冬に採れるので、命を落とす人も少なくなかったんですよ」
波にさらわれないよう、女性たちは5人くらいで肩を組んで岩場を歩いたそうで、その姿を鮮明に覚えている人も。今でも種類によってはひとりで採りに行くのを禁じられている。海藻採りは命がけの作業なのだ。
海藻で感じる季節の変化
珠洲の暮らしと海藻の密なつながりは、年中行事や冠婚葬祭などにも見ることができる。
「正月は、干したホンダワラを鏡餅に飾る風習がありますし、カジメの煮物は精進料理や祭りのごちそうとしてよく出てきます。ウミゾウメンは高価な海藻ですが、葬式で葛きりの代わりに出す家庭もあります」
三崎町出身で狼煙町に嫁いでから海藻採りを覚えた、旅館「狼煙館」の女将・井淵静子さんは、「朝から晩まで海にいたいくらい、海藻を採るのが大好きなんです!」と子どものように目を輝かせる。
「モズクを採るとプランクトンが出て、そこに魚が寄ってくるので、すごくきれいなんですよ。手前のこの岩に海藻が生えていて、次は向こうの岩っていうふうに、自分の家の居間みたいに海の中がわかるんです」
井淵さんは、夏の間ほぼ毎日食べるほどモズクの味も大好きだそう。一方、前野さんにも一番好きな海藻を尋ねてみたところ……。
「冬になったらカジメを食べたくなるし、春はワカメ、夏はウミゾウメンを食べたくなります。旬のものが一番おいしいので、どれかひとつと言われると困ってしまいますね」
馴染み深い食材でありながら、貴重な自然の恵みであることを感謝していただく。移りゆく季節を感じ、旬をたっぷり堪能できるのは、海藻天国の特権といえるだろう。
イラストレーション:阿部海太
写真:志保石薫(上戸地区)
文:兵藤育子
編集:森若奈(『雛形』編集部)
- ストリートスナップ
- わるないわ〜投稿写真ピックアップ