窓から見える日本海と小さな漁港。海のそばの暮らしと時間を感じる『小さい港のゲストハウス』
物件に惚れ込み宿をオープン 能登半島の先端の町、珠洲には、大小さまざまな宿があり...
海まで徒歩1分!
町なかとはひと味違った時間の過ごし方ができるはず、とやってきたのが、能登半島の先端に位置する珠洲市のなかでも、最北端にある狼煙町(のろしまち)。目の前に広がる海と、背後の山に鬱蒼と茂る濃い緑。"先っぽの先っぽ"らしく、自然もより一層ワイルドだ。民宿に泊まる楽しみは、その土地の家庭の雰囲気を味わえることにあるが、「農家民宿おおつぼ」も看板が出ていなかったら、ごく普通の一軒家といった佇まい(都会の住宅事情からしたら、かなり広いけれども)。迎えてくれたのは宿のお母さん、大坪久美子さん。「おじゃましまーす!」と玄関を上がると、広い座敷に案内してくれた。片隅に積み上げられた人数分の布団が、友だちの実家に遊びにきたような気分でワクワクする。
早めに到着したら、晩ごはんまでの間におすすめしたいのが、周辺の散策。なんといっても海まで徒歩1分なので、運がよければ日の入りを見ることも。ちなみに日の入りと日の出を海で見ることができるのは、先っぽの特権だ。地元の特産品が揃い、買い物心をくすぐる道の駅狼煙や、標高172メートルの山伏山の頂に鎮座する須須神社奥宮も徒歩圏内。車で足を伸ばすなら、白く美しい禄剛埼灯台と、崖の下に広がるダイナミックな千畳敷もぜひ見ておきたいスポットだ。
魚!魚!貝!魚!
晩ごはんはおふくろの味
お待ちかねの晩ごはん。テーブルに並ぶのは、アジとキジハタとシマダイ(イシダイの若魚)のお刺身、タナゴの塩焼き、メバルの煮つけ、アジのつみれ汁......。珠洲に来たらまずは新鮮な魚を食べなければと思っていたものの、想像を上回る魚づくしに大興奮!
東京ではなかなかお目にかかれない魚もあり、能登でキジハタは「ナメラ」、シマダイは「ナナキレ」と呼ぶそうで、方言レクチャーも面白い。これほどふんだんに魚料理をいただけるのは、ご主人が漁師をしているからこそ。「風変わりなアレンジは一切できないんだけどね」と謙遜するものの、新鮮なうま味を堪能できるシンプルな調理法が、こういう場所では何よりもうれしい。能登の名産サザエはつぼ焼きで。つぼ焼きにするなら、小ぶりのものがおすすめとのこと。いくらでもパクパクいけそうだ......。
ほかにも大坪さんがとってきたもずくの食感は、今まで食べていたのとは別物のような弾力があったし、ササゲとワラビと油あげの煮物はほっとする味わいで、珠洲の食材の豊かさを五臓六腑で実感。食後、お腹をさすりながら外へ出てみると、天の川がくっきり見えるほどの星空が広がっていた。
朝からアジ三昧!
翌日は快晴。「今日の朝焼けはすごかったよ!」と話す大坪さんを見て、起きられなかったことを後悔......。しかしながら「お父さんがアジを釣ってきたから、刺身にしたよ」という言葉で俄然元気に。2時間前に釣った魚が食卓に上るなんて、なんという贅沢。しかも朝から! お手製の開きとともにアジを堪能した。
料理、畑仕事、お手玉作り......
とにかくよく働くお母さん
本人は「そんなことないけどね」というものの、大坪さんは本当によく働く。食卓に上るものは手作りが基本だが、大坪さんの場合、スーパーなどで買ってきた食材で料理することを手作りとはいわない。自分たちでとってきた魚貝や海藻、収穫した野菜で作ることこそが、手作りなのだ。それぞれの時期に一番おいしい旬の食材を料理に使うだけでなく、それらを一年中味わえるように干物や漬け物などの保存食にするので、休む暇がない。ついこないだも、400尾ほどのトビウオを加工して、あごだしを作ったばかりなのだとか。
「ほかにはこんなものも作ってるのよ」と見せてくれたのが、お手玉と涅槃団子のお守り。お手玉には海岸で拾った小さな貝殻とラベンダーが入っていて、放ると貝殻がシャリシャリと気持ちのよい音を立て、爽やかな香りがふんわり漂う。
涅槃団子というのは、涅槃会(お釈迦様が入滅した日)にまかれる、赤や緑や黄色などのカラフルなお団子のこと。それを乾燥させて布きれにくるんでお守りにするのだが、お手玉もお守りも美しい中身をあえて隠し、そっと大事にしまっている控えめさに、この土地の人の感性が宿っている気がしてならない。お土産にもらったお守りを握りしめながら、帰り道にそんなことを考えた。
文:兵藤育子
写真:中 乃波木
編集:森若奈(『雛形』編集部)
【農家民宿おおつぼ】
石川県珠洲市狼煙町ヲ-21
電話: 0768-86-2559
1泊2食付き6,500円~
1グループ5人定員
ランチのみの利用は5名~(要予約)
ウェブサイト: http://noukaotsubo.blogspot.jp